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|広島市のタウン情報

広島市(ひろしまし)は、日本の広島県にある都市。政令指定都市であり、同県の県庁所在地である。中国地方の中南部、広島県西部(安芸国)に位置し、中国・四国地方で第1位の人口を有する。

 

 

|広島駅前エリア

中国・四国地方で最も多くの人口をもつ広島市中心駅である。山陽新幹線の全列車が停車し、在来線においては広島シティネットワーク中枢となるターミナル駅でもある。乗車人員数は中国・四国地方で第1位、JR西日本管内では神戸駅に次いで第8位。なお運輸取扱収入では大阪駅、新大阪駅に次いで第3位である。また、駅長が配置された直営駅であり、管理駅として山陽本線の天神川駅、芸備線の西三次駅 - 矢賀駅間各駅を管轄している。

 

紙屋町・八丁堀といった広島市中心部からは少し離れた位置にあるため、中心部に向かうには路面電車・バスなどに乗り換える必要があるが、近年は駅前再開発事業が進展し、2009年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島徒歩圏内に開場するなど、新都心機能が拡充している。駅ビルとして、地上7階・地下1階建ての商業施設ASSEがある。

 

2016年度完成予定で自由通路の整備が計画されているが、それに合わせ改札口などの駅機能を自由通路西側の橋上に移す事が決まった。また新幹線口の2階建て駅舎を増築し商業スペースを拡大、さらに自由通路整備に合わせ、通路東側の橋上に約4千平方メートルの商業スペースを新設する。商業スペースの拡大は、合わせて最大で約1万平方メートルとなる見通しで衣料品飲食などの専門店を誘致する予定。

 

 

|八丁堀・紙屋町エリア

紙屋町交差点」周辺は、広島県庁舎隣接しているために金融街を形成しており、広島市の金融・ビジネス街として相生通り東方向、鯉城通り南方向に延びている。相生通りと中央通りが交差する「八丁堀交差点」には高級百貨店が軒を並べており、ここから中央通り南方向に大型店ファッションビルが並ぶ商店街が形成されている。以上の大通りに囲まれるブロックの内部には、中心部商店街の「本通り」や「並木通り」があり、中四国地方最大の繁華街となっている。

 

紙屋町交差点周辺には、金融機能の他に旧広島市民球場原爆ドームを中心とした運動施設・大規模集客施設・観光地集中しており、紙屋町・八丁堀地区は、同市のビジネス・商業・観光複合都心として機能している。また、この交差点周辺には、路面電車、広島バスセンター、アストラムラインターミナル集中し、それらが地下街シャレオによって有機的に結合している。より広域的なターミナルのJR広島駅並び紙屋町広島都市圏交通の要衝となっている。

 

また、旧広島市民球場、広島バスセンターの南にあるデオデオ広島本店・デオデオネバーランド広島店・原爆ドーム3つの点を結んだ三角地帯は、電気街を形成している。

 

中国地方最大の歓楽街である流川は、紙屋町・八丁堀地区東側隣接して存在し、徒歩圏として一体的な街区を形成している。

 

 

|十日市町エリア

十日市町(とうかいちまち)は、広島市中区の中心部より西側に位置する地区である。

 

広島市中区中心部を流れる旧太田川と天満川に挟まれた三角州に位置し、北側に中区広瀬(ひろせ)地区と寺町、南側は舟入地区。西側は天満川を挟んで西区天満町と観音地区、東側は旧太田川を挟んで広島平和記念公園(住所は中区中島町(なかじまちょう))に隣接している。

 

十日市町は中四国最大の繁華街紙屋町・八丁堀に近く、また路面電車十日市町電停土橋電停があり、両電停とも乗り換えなしで全ての路線(広島駅・横川駅・江波(えば)・広島港・西広島駅・宮島口行き)に行けることや、路線バスも北方面及び西方面のバスが通っているなどかなり便利場所である。

 

十日市町は10日に市が開かれていたことから付けられた地名で、毛利氏が吉田郡山城(安芸高田市吉田町)から広島城に移った際、吉田で行われていた10日の市を現在の十日市町で行うようになったため「十日市」と呼ばれるようになったと言われる。

 

|広島の歴史

広島」という名称は、戦国時代末期、この地を支配した戦国大名の毛利輝元が築城に際して命名した。

 

当時この地は太田川河口デルタの形成途上にあり、箱島(今の白島地区)や日地島(比治山)などいくつかの島が点在しており、五箇庄(ごかのしょう)と呼ばれていた。

 

築城する島がこれらの島の中で最も広い(実際には2番目)ことから「広島」と命名したとされるが、輝元には別の意図もあった。広島築城事業は、当時120万石の「西国の雄」毛利家が、本拠地をそれまでの吉田郡山城から移して新たに築こうという大事業であり、城の名称には家運長久の願いが込められた。毛利氏は代々、大江広元の末裔であることを誇りとしており、本姓は大江氏であったことや、「広大」「末広」の縁起から「」の字を冠することとし、「」については城普請案内を務め、この界隈の地勢に詳しかった普請奉行の福元長の名字からとって命名した。

 

また、世界史上初めて核兵器(原子爆弾)で爆撃された都市として、世界的に知名度が非常に高い。それ故に、国際平和文化都市としても一定の影響力を持っており、広島市長の発案で創設された「平和市長会議」には150を超える国から4600以上の自治体が加盟している。第二次世界大戦以前には軍事都市であった歴史とは対照的である。

 

江戸時代には、広島藩42万石の城下町として藩主浅野氏のもとで発展した。戦前には、陸海軍の拠点が集中する軍事都市となり、特に日清戦争時には広島大本営が置かれて帝国議会(第7回帝国議会)が開かれるなど、臨時の首都機能を担った。

 

戦後重工業自動車産業中心に復興し、日本主要工業都市となっている。1980年には政令指定都市に指定された。現在では全国の市で10番目の人口を抱える(→日本の市の人口順位)。

 

地理的には山陽地方のほぼ中南部に位置しており、太平洋ベルトを構成する広島都市圏の核となっている。京阪神と福岡都市圏のほぼ中間に位置しているため、中国地方あるいは中国・四国地方統括する政府機関や、全国規模展開している企業地方拠点多く置かれている(支店経済都市)。また、瀬戸内工業地域を構成する西日本有数工業都市でもあり、沿岸部は工業地帯となっている。

 

近年では、人口の郊外への流出も引き続いて見られる一方で、都心回帰の傾向も見られる。平和大通りでは、80mを超える高層ビルが相次いで建設されている。

 

中区以外においても、広島駅周辺を始め、宇品緑井段原などの開発・再開発が進み、既存の商工センター西風新都と併せて、都市拠点機能活性化している。交通インフラ面では都市高速道路である広島高速道路の整備のほか、広島電鉄による市内線路面電車のLRT整備や、広島アジア大会の開催(1994年)に合わせて開通した広島高速交通「アストラムライン」の延伸、およびJRとのアクセス改良計画が進むなど多方面から都市機能の充実が進められている。

 

ちなみに同市は別名、「3Bの街」とも言われている。これは、

 

1.市内にはバス(「Bus」)路線が多い。

2.東京、大阪等に本社を持つ企業の支店(「Branch」)が多い(支店経済都市)。

3.市街地がデルタ地帯にあるため、長さ2メートル以上の橋が(「Bridge」)が約2,600もある。

 

と言うことに由来したものである。またこれに加えて、

 

銀行(「Bank」)中四国地方各県の地方銀行や都市銀行などの支店が多い。

バー(「Bar」)支店経済都市として、単身赴任者や出張客相手の飲食店が多い。

などを含めて、「4B・5Bの街」と言われる場合もある。

 

(ウィキペディア参照)

 

 

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